Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “梅雨あける”〜ご機嫌は薮の中…? 総帥殿篇
              *途中に微妙に“R-15”シーンがあったりします。
                苦手な方はご遠慮くださいませです。

 



 昼間さんざん降りしきったこぬか雨の、これも名残りというものか。それとも…そろそろ間近い次の季節の、暑いばかりでうんざりなところだけが先触れにやって来たのか。蒸し蒸しと湿気が密度を増して、肌に張りついて動かない。鬱陶しいばかりのそんな温気
うんきが垂れ込める夜陰の中。柱や壁、床、梁に屋根。何とか崩れ落ちずに残っている部分があるにもかかわらず、少しも人の住処だったというよな匂いを感じさせない。巨大な化物か何かの屍のようにしか思えない、そんな虚々しい廃墟のほぼ真ん中にあって。場違いにも身を寄せ合って、横になってる人影がある。幸いにして雨は上がっているけれど、それでもこれでは屋外も同じな、吹きっさらしもいいとこの、元は広間か何かだったらしき屋根の殆どない空間にて。それは安んじて寝息を立ててる誰かさんを、その懐ろに入れて守って起きてる片やの方も、実のところ…周囲への警戒なんてなものは、一片も持っていない様子であったりし。
“…ったくよ。”
 見えない何かを見えないからと、まさぐるために伸ばした手探りのその手。思いも拠らない何物かに、捕まえられたならどうしようか。見通しの悪い暗がりや闇溜まりには得体の知れない“何か”が居ると、ごくごく普通に真摯に信じられているが故のこと。金のある者以外には灯火も高価でなかなか手が出ず、よって陽が落ちれば寝るしかない当世だってのに。そうまで不気味だった廃墟の、しかも。瞼を上げても閉じても変わらぬほどもの漆黒を、なのに ものともしないでいられたなんて。それだけで立派に“豪傑”と呼ばれるだろう肝の座りよう。しかもしかも、そんな豪気な輩が…月の蒼光をあびてのみ妖しく咲き誇る幻華の如く、それは嫋
たおやかで儚げな風貌をしているなんて。
“こいつこそが その“妖かし”だと思われかねねぇよな。”
 言ったら間違いなく蹴られるだろうから言わないけどよと、端正美麗な細おもての寝顔をその懐ろに見下ろして、今は ただただ無心に眠り続けるばかりの盟主様へと感慨をこぼした蜥蜴の総帥。彼らの自宅、あのあばら家屋敷から結構な距離を離れたこんな廃墟に、何でまた。群雲の陰に星々の望める隙間だらけの天井板を見上げつつ、酔狂にも主従揃って伏しているのか…と言うたれば。何処から何を嗅ぎつけたやら、この廃屋に何年も前から巣喰っておった邪妖の群れを、たった独りで乗り込んでの封印滅殺。随分と悲惨な因縁話にも事欠かぬ、悪霊の棲処に間違いないよな、負の精気満ち満ちた場所だったってのに、ほぼぶっつけ本番という乱暴さにて敢行されし浄化封殺の山場にて。ついの見落とし、若しくは油断から、絶対絶命かと思われたその窮地へ、今宵も何とか間に合って、駆けつけることが出来た黒の侍従こと、葉柱だった…という顛末だったのだけれど。
“…ったくよぉ。”
 やきもきしつつのお留守番をしていた幼い書生くんが、涙目になりいきなり飛びついて来たのには“やれやれまたか”と思った程度で、さしたる危機感は感じなかったものの。いざ、現場を割り出す段となってみて、思った以上に気配が薄く、どれほどのこと焦ったことか。そんなにも集中せねば倒せぬような、手ごわい相手と向かい合っておるのだろうか。まさかまさか、生気自体が弱まっていて察知出来ない段階なのかも? 日頃の余裕も自信満面な威張りっぷりも、目の前になければやはり不安で。いっそ腹が立つほどの自負の持ち主を、なのに、心の底から心配してしまうのは、一体どっちが悪いのか。不安から暴発寸前と化し、ぎゅううと吊り上げていた眉尻が辛抱たまらず ひくくと震えたその直後。やっとのことで捜し当て、その場へ真っ直ぐ駆けつけたれば、
『間に合った〜〜〜。』
 良かった良かったと喜んだのも束の間のこと、やっぱりあちこち傷だらけになっているじゃあありませんかと。大切な主人をこうまで嬲ってくれた相手へ向けて、焦った分も勝手に計上しての大盤振る舞い。腕肩、背に腰、まといついたる筋骨を隆々と躍らせ撓
しならせ、邪妖成敗専用の闇の大太刀を振るいまくり、それはそれは思い切りの腹いせっぽい報復を敢行させて頂いたりした訳だけれど。それらが落ち着いて、さてと、思ったのが、

  “何でまた、呼んでくれねぇのかね。”

 一番最初の契約にはなかったことながら、こうまで向こう見ずな奴にはもっともっとのお守りも必要かと案じてのこと、自分の眞の名前を教えてもやったのに。この陽界での自身の存在を司るものであるが故、それを紡がれると何をおいてもすぐ傍らまで、馳せ参じなければならなくなるという、そうまで大切な名前だっていうのにね。どんな窮地に至っても、絶対絶対呼んでくれない彼なのが、何とも歯痒く恨めしく。
“…まあ、今晩も間に合ったからいいんだけどよ。”
 白い頬へとこぼれていては見分けもなかなかに難しい、金色をした細い細い後れ毛を。不器用そうにそおっとそおっと、骨太な指で払ってやりつつ、その安らかな眠りを守ってやるのも自分の務めと。眠っている時だけ大人しい、何とも厄介な…されど、愛しくてしようがない御主の寝顔に、深色の眸をやや細め、声もないまま見蕩れている。
「………ん。」
 時折、小さくむずがっているよな細い声が洩れ聞こえるのは、何か夢でも見ておるものか。自分の裡
うちにばかり意識を向けての、外へは油断しまくりで。子供のように無防備な、そんなお顔はともすれば、全くの別人のもののようでもあって。とはいえ、
“………。”
 起きている時はいつも、まるで世界中が敵であるかのように一切油断をしない彼だってことを哀しく思うということもないし、そうかと言って、そんな彼が自分にだけ、こんな油断しまくりの体を晒すことへ、まんざらでもないと緩むとかいうこともない。それが彼の彼らしさであり、あるがままであるだけのこと。当たり前の常態を“善哉善哉”と尤もらしく褒め讃えても詮無いことと、そこへは…自然天然物である大地の和子の総帥殿、さしたる感慨も浮かばなかったりするのだが、
“綺麗、だよなあ。”
 その点だけはね。ご当人から何度蹴られようと嫌がられようと、ホントのことだからと遠慮なんてしない。お世辞が下手なのと同じくらいに、率直が過ぎるところは、学習とやらを積んだところでなかなかに矯正は出来ないことなようで。だって仕方がないじゃない。どこぞの権門の深窓に守られしご令嬢にも、今時 人気の“白拍子”にも、ここまで玲瓏端正な美姫なんて見かけやしない。気のせいなんかじゃあなく本当に妖しいものが棲んでいた廃墟へと、退屈しのぎに単身乗り込んでって邪霊相手に大暴れをおっ始めるような。なかなかに破天荒で、何処の侍士にも負けぬほど肝の太っとい男衆だってのに。自分が放った淨炎に焦がされてく邪妖どもからはとっとと興味を失って、ついと別の、例えば風の音なんぞへ注意を逸らしてる時などの。脆そうな線に縁取られた横顔の、何とも儚げで印象的なことか。………背景にされてる焔に包まれてる奴輩たちの、壮絶だろう阿鼻叫喚に、蓋が出来ちゃう総帥様の感覚も恐れ入るっちゃあ恐れ入りますが、それもともかく。
(苦笑)

  「…ん。」

 甘い吐息をこぼす寝顔が、少しばかりやつれて見えるのは。実を言えば、今宵の奮戦の疲労が出てのこと…ばかりでもなかったりし。
『…。』
 単身で乗り込んでの一気呵成、そんな封殺成敗になりし折には特に付き物なこと。掠り傷など屁とも思わず即妙迅速をのみ優先した余波として、鮮烈なまでの豪胆さを発揮したその結果として。性懲りもなく…真白な肌のあちこちへ、痣やら傷やら山ほどこさえていたのへと。こちらさんもまた律義な性分は変わらなく、一つでも取りこぼすものかとお手当てしていただけなのだけれど。
『ん…。』
 小袖の胸元、はだけられたる懐ろや、それのせいで大きく抜かれた衿ぐりの。夜陰の漆黒に冴え映えて、妖冶なまでにくっきりと。あらわに晒されし純白の、肌のそのまた奥へと深々。もぐり込んでは触れる唇の、温かくも擽ったい感触が。はたまた、幾重にも重ねられた衣紋や佩
おびなどを、衣擦れの音も小気味よく、緩めて差し上げる手際の一端。背中や腰を支えるためにと、甲斐甲斐しくも回される、頼もしい腕の雄々しき筋骨の質感が。他の感覚がほぼ封じられし闇の中、ずっとずっとと触れ続けたり、はたまた不意に剥がれて退いたりするにつれ。そこから生まれる微熱がいつしか、愛おしくも離し難いものと化すらしく。野性味の強い、いかにも男臭い匂いと温みに身をゆだねたまま、

  ――― そのまま抱け、と。

 悪戯な指が髪へと埋まり、愛しげに梳いて急かすのも…まま たまにはあること。今宵もそういう流れになった。夜目が利く眸が見透かす先の、淡い微笑を塗った口許、誘われるままについばんで、それから。柔らかい肌へと…それまでのものとは別な口づけを、降らせて埋めてく葉柱であり。優しく掠めてゆくところどころで、細い針にて墨を刺すよな、ちりちりりと疼く痛みが甘く撒き散らかされる段へと運べば。そんな烙印の施されたそこへ、そのまま相手を取り込みたいかのように。組み敷かれし蛭魔の腕が、広い背中へしゃにむに伸ばされ、こちらからもと抱きすくめようとするのだが、
『あ…っ。/////////』
 それと擦れ違いで襲い来くのが、肌の下を淡く灼くよな淫靡な官能。見えない炎のような血の泡立ちに、意志なぞやすやすと何処ぞの彼方へ弾かれてしまい、体の奥からじわじわと滲み出てくる微熱に感覚が蕩ろけ、力萎えては落ちかかる白い手を…すんでのところで掬い上げられる。細い背中や、これもまた萎えてのこと、落ちかかる腕へと引かれるままに枝垂れる薄い肩も。濃色の単
ひとえの裾を割り開き、踏みはだけられし隙間から覗く白いお膝も、そんな肢体から脱げかかり落ちかかる衣紋の重ねも全部、全部。すがりつきたいとする彼の意志のその余韻ごと、一切合切すべて余さず。床へなんか取りこぼすものかと、全部を一緒くたに絡げ上げ、懐ろへまとめて掬い上げたいとする力強い束縛が。斟酌なくて痛いほどなのに、だからこそ真摯で甘くて…嬉しくて。相手の指や手のひらが、余すところなく肌へと触れるその熱が、たまらない悦感と化してゆくのも、
『っん…、あっ、ぁあ……やっ、…んぅ…。』
 それへと応じて口唇からあふれ出す、甘ったるい嬌声を恥ずかしいと思う羞恥心みたいなものが、あっと言う間に何処ぞかに攫われてしまうのも、きっときっとそんな真摯さに打たれたせい。式神のくせに使い魔のくせに、主人を惑わせおって嬲りおってと、主導権を奪われたことへのせめてもの抵抗。喉をのけ反らせ、あらぬ方へと顔を背けてみせたりもするものの。そんな素振りをしてみたところで、目許のただならぬ潤みや血の気の上った頬の色は隠し切れずで。あまりに強すぎる淫悦に、攫われそうになるのが怖くなってか。何かにすがるその代わり、目許を顰め、唇を噛みしめて耐えようとする苦悶の表情にこそ、葉柱の雄が高ぶりを増す悪循環は、
『…あっ…ひぁ、…ぁあっ!』
 ちょっとした睦みで終わらす筈が、ついつい最後まで頂いてしまってのこの始末。いちいち縁起なぞ気にする奴ではないながら、それでもね。邪妖を退治したばかりな廃屋にて、お仕事以上に精も根も尽き果てさせてのその揚げ句、くうくうと寝入ってしまわれたのはさすがに初めてのこと。そんな一時を過ごした後だからという、それなりの疲れが滲んでの。瞼を伏せた頬の縁、何とも艶やかなやつれが陰となって落ちたるその余情がまた、何とも言えず色っぽくて。
“ちょいと がっつきすぎたかの。”
 大切な御主を腕の中へと抱え直すと、起こさぬように抱きしめる。

  『取引をしねぇか?』

 ふと思い出すのは、最初の出会い。正確にはそれより先にも、実は出逢ってた彼らだそうだが。そちらの童は…やはり別人とした方がと、葉柱自身もその把握を分けてしまうほど。あの時、葉柱の塒
ねぐらだった古址へ堂々と押しかけた彼は、何とも偉そうな若造であったりし。毅然としていてそりゃあ綺麗で、自身を至上最強と信じて疑わぬ、とんでもない野郎に他ならず。
“自信を失くして、悄然としているこいつってのは想像もつかねぇが。”
 当人にはまるきり隙のないところがまた、何ともかんとも小憎らしくって。何ていけ好かない奴だろうかと、当初は反発しか覚えなかった。頭も良ければ勘も良く、そこからくる高慢なところや居丈高なところに、こっちもあっさり煽られては、その苛立ちの乗っかったまま、八つ当たりのように指示にしたがっての加勢をさせられて。でもでも、それって、今にして思えば、
“余計なことを考えない方がっていう、意識の絞り込みや精度向上につながってもいたからなぁ。”
 それぞれに意思や思惑を持ってる、人でも邪妖でも。その感情ごと上手く把握し操作して、道具のように“利用”するのが得手な男で。そんなせいでの反動か、前以ての精査を構えていない相手へは、逆にとことん不信を抱えてしまうのか。どんな窮地に陥ったとて、誰にも頼ることはしない強情っ張り。恩も知らなきゃ借りも知らない。それが基本の、極めて冷徹怜悧な奴だった筈だのに。

  ――― 自分の身の危険も顧みず、
       たかが下僕の式神一匹、たかが蜥蜴の邪妖一匹を、
       命懸けで咒を唱え続けて救ってくれたから。

 役に立たなくなったならその場に捨て置いてっていい。何となれば自分の身代わり、危険なところへ送り出し、豪火の中へそのまま置き去るような使い捨てをしてもいい、そんな存在の筈だったのに。選りにも選って存在と生命の核である“魂”に取り憑かれ、そのまま意志を蝕まれようとしていた葉柱へ。我を忘れた当人から、その喉笛へ深々と喰いつかれても怯まずに、決死の浄霊をしてくれた、金髪痩躯の術師の青年。

  “なあ…。”

 本当は。人の情とか手のひらの温みとか、頼りなくも脆いもの。権高な奴らが鼻先で嗤うような、そんなささやかなものほど実は、一番大切だってこと。よくよく知ってんじゃねぇの? お前。自分が身寄りのないまま誰にも頼らず生きて来たように、それが基本ぞ、強くあれって、セナ坊の尻を叩きつつ、でも。誰ぞを膝下に踏みつけにして、高笑いするためじゃあなく。誰かのそんなささやかなもの、護ってやりたくて、それで。群を抜いて強くあろうとしてんじゃねぇの? だったら何で判らねぇのかな。俺はお前を護り切るって決めたんだしよ。だから、頼ってほしいのに。何でまた、あんな窮地にあってもまだ、呼んでくれねぇんだろうか。
“………。”
 宵も深まり、少しは冴えてきた夜気に映えたるは、蒼光を降り落とす天空の満月。見上げたそれを取り巻く暈
かさが見えぬは、明日の晴れ間につながる兆しか。
“だとすれば、明日の朝は冷えるかもだな。”
 もう少し深く寝入ったところを見澄まして、そぉっとそぉっと屋敷へ戻っておかないとと、そんな健気な算段を胸に固めつつ。さっきからもう何度目になるんだかの、治癒の咒を相手の金の髪越し、そぉっとそそいでやってる総帥さんだったりし。


  ――― どうぞ心安んじて、おやすみなさいvv





  〜Fine〜  06.7.01.〜7.02.


  *ついつい観てちゃうW杯。
   意外なところで意外な勝敗があったりし、
   ブラジルとイングランドは
   ここまでのテンションやノリの勢いがあったから、
   まずは負けまいと思ってたんですがね。
   そんなこんなで、UPのペースが遅れまくってて、
   申し訳ありませんです、はい。
   しかも…書いたら書いたで、こんなムフフvvものだったりしますし…。

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